壊れた羅針盤 2

同級生と話す中で、いつもきまっての話題は、外見の衰えの嘆き、あちこち故障の出てきた自身の身体の不具合自慢(笑)や健康グッズの情報交換、親の介護、子供の結婚の話に花が咲く。

同級生は、年齢が同じであることは言うまでもなく、ある時期よく似た悩みを持ち、夢を持ち、過ごした仲間だ。

一緒にいると、昔に戻ったような懐かしさで、楽しい時間である。

ただ、その後の歩む道はそれぞれで、長い年月を経てこうしてまた再会していると、どうやら今の私の心の悩みを話したところで、「今更何をいっているのか?」「もうこれでいいじゃないか?」と、おそらく何を話しても理解してもらえそうにない。と口をつぐんでしまう。

この年にもなれば、これからどうしていきたいのか!という悩みではなく、これから、この環境でどのようにつつがない人生をやり過ごしていくか?ということを考える人が世の中の大半だろう。私のようなに考えるのは、少数派なんだとよくわかっている。

でも、どうしてもまだ自分が何かに向かって、突き進んでいきたいという私の思いは、確かに私の中にある。どちらがいいとか、正しいというのではなく、これが「私」なのだ。と潔く認めてしまおう。人と違ってもそれを「良し」と恐れないこと。

自分の心や気持ちをしっかり見つめ、現実を受け止めながら、なんとなくに流されることなく、毎日を丁寧に生きてみよう。歩んでみよう。とまずは、今朝起きて、「今日は気持ちの良い天気だな」「どこも痛いところがないな」「両親や家族、今日もみんな普通に朝を迎えたな」と自分の幸せな状態のことを思いおこしてみると、いつもの朝が、私って結構「幸せかも」と少し「うふっ」とほほ笑むことができた。

何気ない毎日の中に、見落としてきたものがたくさんあることに気づけた。羅針盤が壊れてくれたことで、、、、